社長挨拶

家づくりを通してお客様の笑顔と
幸せのために頑張りたい!!

㈱きらく社長 山田 智也

こんにちは、「きらく」社長の山田 智也です。僕の小さい頃のエピソードを話たいと思います。

今は建築の仕事をしていますが、そもそも僕は、父親が経営するサッシ店の長男として生まれました。

父、母、爺ちゃん2人、婆ちゃん2人、妹、の7人家族です。
父親が経営すると言っても、事務所は自宅の1室。社長と母の2人の個人事業者です。作業場は、昔住んでいた古い家を、壁だけ壊してそのまま使っていました。つまり、僕が育った環境というのは、自宅にビジネスが同居していたわけです。

小さいながら両親は「社長」と「副社長」です。じいちゃん、ばあちゃん、がいて、農家もやっていました。でも電話番号は1つだけ。サッシ店も、農業も、自宅も、全部同じ電話番号だったのです。昼に自宅の電話が鳴ります。でもそれは、父親へのお客さんからの電話か、それともじいちゃんに農協さんからの電話か、はたまた自宅への電話か・・・。父親も母も自営業者です。だからこそ、昼間は飛び回っていて留守がちです。若いじいちゃん、ばあちゃんも山や畑で昼食以外はいません。僕以外は、耳の遠いじいちゃん、ばあちゃんだけです。だから、お昼ご飯はいつも漬物をオカズにじいちゃん、ばあちゃんと食べていました・・・。

電話にも僕が半分位は出るのです。電話で難しいことを言われてもさっぱりわかりません。だから用件を聞き漏らさないように鉛筆でいっぱい書いていました。また、留守番をしていると、父のお客さんやメーカーさんが出入りすることもあります。だから僕は、お客さんの顔を覚えなければなりませんでした。知らない人が来たときでも、相手がお客さんであれば、すぐに父に電話するか、作業場にいる母を呼びに行かなければならないからです。

考えてみれば、当時の僕は、たったの8歳でした。来客はお客さんだけではありませんでした。同業者や取引以外のメーカーさんもあります。「お父さんいる?」「仕事に行って、いません」「どこ行ったの?」「・・・わからない」「じゃ、お父さん帰ってきたら、これ渡しといてな」そう言って、名刺を僕に渡します。僕は父の行先を知っていました。でも言いません。なぜなら、その人は、取引以外のメーカーだったからです。サッシメーカーは常にお客の取り合いが当たり前の世界です。工務店の名前や現場などを言ってしまえば、メーカーが別のサッシ店を連れて工務店に営業をしてしまいます。トラブル発生の元凶を僕が起こすわけにはいかないのです。

別に、そうやって父親や母親から、ウソをつくように言われていたわけではありませんよ。もちろん、じいちゃん、ばあちゃんにも。でも、やっぱり子供は、直観的に理解するんですね。

僕が正直に父親の行先を話してしまったとき、「バカっ、智也はオレが○○工務店さんに行ってたのしゃべったのか? ・・。」 と話している姿を見たからです。僕がやった行為が、親を困らせることになってしまったのです。それは子供心に避けなければならない記憶として学習されてしまうのでしょう。
だから父親を困らせることを避けるようになるのです。そんな状態が24時間、365日。日曜日に家で大好きなテレビ「筋肉マン」を見ていても、電話が鳴れば、その瞬間に音量を下げるか電源を消すクセが自然に身についていきました。日常が商売であり、商売が日常でした。

なぜ、それほど忙しかったのか?というと、忙しく働かなければならない理由があったからです。僕が生まれる前に、父は事故がもとでたくさんの謝金があり、農業では返済が不可能なために、ラーメン屋さんや、木こりさん、その他色々な職種を経てサッシ店を開業しました。事故の返済、開業資金の返済、どちらも返すために日曜平日も関係なく夜中まで働いていました。

当時の父の目は、常に何かを睨みつけるように怖い目をしていたのを覚えています。母も夕食が終ると、黙々と夜遅くまで電子部品の内職をしていました。その努力が実ってか、僕が中学校に通う頃には、東北ブロック個人事業主売上NO1など、メーカーから表彰されるなど、実績が出来ていました。今でも父(故人)をすごい人だと思いますし、父を影でささえた母を尊敬しています。

―でも、僕はそんな家が嫌でした―。

友達の家に遊びに行くと、お母さんかお父さんが必ずいて、山田家には無い家族の時間が当たり前の様にありました。見ていると、胸がしめつけられるような感じがして、苦痛でした。なぜそう思うのか僕にもわかりませんでした。まだ、小さな子供です。ただ寂しかったのでしょうね。たくさんお父さんと遊んでほしかった。一緒にご飯を食べたかっただけなんです。

やっと今になって、理解できるようになりました。僕は両親を尊敬しています。子供を育てるために、それこそ必死だったんです。人並に遊びたいのも全て我慢して・・・。預かり保育で窓の外を見ながらお迎えを待っている子供や、掛け持ちでお仕事をされているお父さん。お母さんの話を聞くと、子供のころを思い出します。

―なんとかしてあげたいな―。

どれほど、お店を開くことが大変だと分かっていながら、気がつけば僕も会社を始めておりました。今年で11年目です。きらくの家造りは、「ちいさな子供さんがおられる世代の方」が中心です。ほとんどの方が家づくりは初めての経験で、夢や希望もたくさんありますが、それ以上に不安や悩みも多く、手探りで進まなければなりません。私達は、最後までお客様の味方であり、安心して家づくりが出来るよう、商品的価値、心の満足感、どちらも満たせる会社を目指しております。もし、家づくりでご不安やお悩みがありましたら、ご一報頂けました幸いでございます。今でも世間話や電話が苦手な僕が、口下手なりに毎日冷や汗をかきながらご対応をさせて頂いております(笑)

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